PSO2魔法戦士研究レポート。と、テキトーな日記。

魔法戦士が行く!

【PSO2小説】 献血ルームへようこそ! 1-1

つーわけで、気が向いたのでPSO2小説を書きます。

以下、注意事項。



・ラノベではありません
・なので、ラノベほど読み易い文体ではありません
・腰を据えて長文を読める人向きです
・作者の独自の解釈でNPCを登場させています
・ゲーム中で不明確な設定は、独自解釈で捏造しています
・今後、ストーリー部分の設定が明かされることで、本作品と矛盾が生じる可能性があります
・ゲームシステムも、独自解釈で捏造して再現しています
・原作ストーリーにリンクする形で展開しますが、
 本作品の主人公=原作の主人公ではありません
・続き物ですが、現在の所、続きを書く気はゼロです
・あくまでも二次創作です







献血ルームへようこそ!


1-1 献血ルーム「ロンスタ」





 擬似太陽が燦々と輝き、艦内気象管制塔は天候を快晴に設定していた。
 立ち並ぶビル群は銀色の輝きを放ち、鈍色の舗装路の脇に立てられた植樹が瑞々しく煌いている。地面だけでなく、高層ビルさえ跨ぐ誘導軌道路上にも色とりどりのストラトヴィークルが、寸分の狂いもない車間を維持して進んでいた。高空の誘導軌道路の車中からは、遠く農業区画のグリーンを拝むことができるだろう。

 アークスシップ六番艦、ケン。

 船団オラクルに所属する数多のアークスシップの中の一つである。他のシップに比べると、やや人口が少なく、そのため、どこかのんびりとした雰囲気のある艦だった。
 空中の誘導軌道路の本数も減ってきた、市街地中心から離れた場所に少し大きなビルがある。強度と柔軟性を兼ね備える今時の合成金属による建材ではない。完全に時代遅れとも思われる鉄筋コンクリート造りのこのビルは、一体どれ程の年季が入っているのだろうか。ビルのエントランスには、極彩色のネオンライトで飾られたオラクル文字が躍る。

 「KEN'S STAR THEATER」

 真昼間の今はライトなど点いてないが、レイトショーの時にはさぞかし毒々しく辺りを照らすのだろう。
 今、入り口前で一台のSVが音もなく止まった。人工太陽の光から充電し、バッテリーとモーターで駆動するSVには、大昔に問題になった排気ガスや騒音の問題などない。
 白いSVの両側のドアがスライドする。
「先生、映画館ですか?」
「まあ、そうだね」
 三十台と思しき女と、少年と言って差し支えない外見の男がビルを見上げた。
 車重感知器と全方位対人センサーが二人の降車を確認してスライドドアを閉める。既に中央の交通管制塔からビルの管理下に入ったSVは、自動で地下駐車場へと格納されていく。
「せっ、先生と、ふ、ふふ、二人で映画鑑賞、なんて」
 自らの眼鏡のフレームに触れる少年の手が震えている。女の呆れた目線が見下ろすような形になるのは、少年が小柄であり、彼女が長身だからである。
「ライト君、何を勘違いしているのか知らないが……いや、見当は付くが……君の期待しているようなことはないよ」
 ライトと呼ばれた少年は、慌てて両手の平を振って見せる。
「な、なな何言ってるんですか! そ、そんなこと、あるわけないわけないアルですよ!」
「あるんだかないんだか、ハッキリしたまえ……まあ、どうでもいいんだがね、そんなことは」
 女は小さく息を吐き、肩をすくめた。ふわりとしたオールバックの黒いミディアムヘア、つんつんとまとめた毛先が嘆息に合わせて揺れている。
 赤縁眼鏡の眉間を人差し指でくいと押し上げ、女は映画館の看板の向こう側に視線を注いだ。
「確かに映画館のビルだが、ここの二階には別のテナントが入っているのさ」
「別の……?」
 女の仕草を真似たように、ライトが眼鏡のずれを直す。女の視線の先には、看板に隠れて見えにくくなっているビルの二階の窓。そこには、ライトも見慣れたロゴマークが貼ってあった。

 「アークスメディカルセンター公認 献血ルーム ロンスタ」



 入り口の自動ドアが開く。
 右手に受付カウンター、左手には休憩室、硝子で仕切られた向こう側には献血のための寝台がいくつかあった。今、中年の男が一人献血をしている。休憩所では、若い女が雑誌を片手に茶を啜っていた。
 小汚いビルの概観とは打って変わって、清潔で清浄な室内である。
 休憩所には木製のテーブルが二つ、ソファが一つに、アームチェアが六つほど。テーブルには、バスケットに山と盛られたお菓子。紙コップに飲料を注ぐタイプの自動販売機が二台並んでいる。いずれも、献血をしてくれた人に無料で提供されるものである。また、反対側の壁には大きな本棚。自販機の横にはテレビもあった。良く見れば、本棚には映画のディスクも多数並べられている。
「これはこれはアキさま、献血ルーム『ロンスタ』へようこそ、でございます」
 大柄なキャスト男性が、カウンター越しに深々と会釈をした。おそらく笑顔で迎えているのだろうが、キャストの表情はわかりにくい。ヒューマンタイプのヘッドパーツならば表情もわかりやすくなるが、全てのキャストがそうであるわけではない。中には、表情から内心を読まれたくない故に、敢えてヒューマンタイプを選ばないキャストもいるようだ。
「やあ、パンダ君。君も元気そうで何よりだ」
 キャストが背筋を伸ばすと、威圧感さえあった。全身紫をベースとしたカラーリングは見る人によっては評価が分かれるところだ。ボディもアームもレッグも、かなり重装甲のものを使っている。少なくとも、受付に相応しい人選ではない。ライトがじわりじわりとアキの背後へ隠れようとしていた。
「相変わらずの人手不足のようだね、ここは」
「恥ずかしながら」
 頭を掻く振りをしながら、パンダは室内を見渡す。中央のメディカルセンター直轄のルームなら看護師が何人かいてもおかしくなさそうなものだが、それらしき姿はない。
「アキ先生」
 ライトがアキの白衣の裾を引きながら小声で囁いた。
「パンダ……って? それって、白黒の熊のことじゃないんですか?」
「君の気持ちはわかるが、それが彼の名前なんだ。仕方がないだろう」
「して、本日はいかなる御用向きでございましょうか?」
 二人の会話が聞こえていたのかいないのか、パンダは割り込むように声をかける。
「献血ルームを訪れて用件を聞かれるとは、実に心外だねえ」
 アキは素早くパンダに向き直り、苦笑する。
「はあ。それはそうなのでございますが、ですが、アキさまはまだ一度も献血をなさっていないはずでございますよね」
 事実、アキがここを訪れる理由は決まっていた。
 れっきとしたアークスチームでありながら、非営利の献血ルームを運営するチーム「劇団ロンリースター」は、決して有名なチームではない。しかし、そのマスターを務める人物は、アキを含むごく一部の人間には知られた存在だった。
「ともあれ、真都理(まつり)さまにアキさまのご来訪、お伝えしましょう。少々お待ちください」
 パンダはインターホンを耳に付ける。どこが耳なのかは非常にわかりにくいヘッドパーツではあったが。
「待ちたまえ。今日は献血に来たんだよ」
 アキの制止に、外線のボタンに伸びたパンダの指が止まる。
 ゆっくりと、アキは背後に隠れるライトに頭を向けた。口元が、嬉しそうに釣り上がる。
「この、ライト君がね」

 ぱりぱり、という音は、休憩所で休む女が煎餅をかじる音だった。

「ぼ、僕があっ?」
 ライトののけぞりは大きく、いつの間にか自販機に背中を貼り付けていた。女性客の視線が、不審者を見るようにライトを射抜く。あるいは、ドリンクのお代わりを物色していたのかもしれない。
「無理ですよおっ!」
「大袈裟だな。たかが献血。無理なものか。死ぬわけじゃなし」
「いや、でも、僕、献血なんかしたことないですし!」
「これも社会勉強というものだよ。若いうちから研究者の助手なんかをやっていると、どうしても浮世離れしてしまうからな」
 腕を組み、うんうんと頷くアキ。
 女性客の視線に耐えかねたのか、ライトはじりじりと身体を滑らせる。向かう先は、出入口のようだ。
「それを言うなら、先生の方がよっぽど浮世離れしてるじゃないですか!」
「君にはそう見えるんだな」
「見えるだけじゃないでしょう!」
「何がそんなに嫌なんだい? いいじゃないか、減るもんじゃなし」
「減りますよ! 明らかに減りますよ!」
「君が尖端恐怖症だったとは知らなかった」
「違いますよ! ま、まあ、確かに注射は怖いですけど……」
「結局それが本音か。男の子が情けない。苦手を克服するいい機会だと思わないか?」
「思いません」
 ライトが自動ドアの感知圏内に入ろうかというその時、先んじてドアが開いた。
「だっだいまー……あ、アキだ」
 銀色の長いストレートヘアは腰に届きそうなほど。病人のように白い肌に、対照的過ぎる紅の瞳と唇。長く尖った耳は、ニューマンの印。二十代半ばに見えるのに、もっとずっと年上のようで、どこか幼ささえも漂う不思議な美貌。
「……君も相変わらずだな」
 溜息混じりのアキの視線は、両手一杯に抱えた買い物袋と、彼女が着ている服に注がれている。
 パンダが素早くカウンターから飛び出して、買い物袋を預かる。
「お帰りなさいませ、真都理さま」
「ねーねー、この服どう? 今日発売の新作なのー」
 黒いサイハイのソックスに、赤いミニのプリーツスカート。同じ色のトップスは、どう見てもセーラー服だ。
「ぶっちゃけ、まだまだ現役で通用するわ、私」
 その場でくるりと回って、ファッションモデルを思わせるポーズからドヤ顔でキメる。

 煎餅の咀嚼音が止まる。
 女性客の目は、「無理無理無理」と雄弁に語っていたが、幸い、誰も気付いていない様子だった。
 だが、その場の光景を目にした者全てが同じことを感じていたであろうことは、間違いない。

「真都理さま、恐れながら申し上げ……ごわっ」
 何かを言おうとしたパンダの頭上で小さな火球が炸裂した。それを目にしたライトが目を剥く。
「せ、先生」
 真都理たちには聞かれたくないのか、消え入りそうな小声だ。
「あの人、なんでテクニックを。アークスシップ内でテクニックなんか使えないはずじゃ」
「テクニックじゃなくて、手品らしいよ、本人曰く」
 こともなげに答えるアキだったが、彼女も最初に見た時は仰天していたものだった。
「ま、まだ何も言ってないのに……」
 両手に荷物を抱えているため、後頭部をさすることもできずにパンダが涙目(?)になる。
「歳のことはゆーな」
「だから、まだ何も言ってないです」
「いいから、それ、しまっておいてよね。まったく、お客さんの前で恥ずかしいったらありゃしないわよ」
 真都理は両手を組んで頬を膨らませる。
「恥ずかしいのは、真都理さまの服装──」
 真都理の鬼の形相に、パンダは慌てて駆け出す。
「し、失礼いたしますっ」
 カウンター左手にある「STAFF ONLY」の扉の向こうへと消えた。
「本当に、相変わらずだなあ、君は」
 アキの苦笑は、パンダと真都理のやり取りゆえなのか、あるいは、真都理の自重しない服装ゆえなのか。
 おもむろに、真都理とライトの目が合う。二人の口が開くのは、同時だった。
「アキ、この子は?」
「先生、こちらの方は……」
 同時に自分に注がれる視線を交互に見やり、アキは手を叩いた。
「ああ、そうか。君達は初めてだったね。真都理君、これはライト君という。私の助手だよ」
 師の言葉にうなだれ、ライトの顔は今にも泣き出しそうな憐れさだ。
「先生、『これ』呼ばわりですかあ?」
「君がもう少し逞しくなってくれれば、呼び方も考えてあげようじゃないか」
 真都理は左手を右肘に当て、右手で頬を触っている。特に興味を引かれた様子ではない。
「ふうん。貴女、助手なんか雇ってたんだ? よろしくね、ライト君」
 小首を傾げ、真都理は微笑む。血のように紅い口唇から微かに覗く白い歯。そのコントラストは、もはや妖艶と言えた。二十歳そこそこ、せいぜい半ばから後半に差し掛かるくらいの顔立ちにしか見えないのに、もっとずっと成熟した大人の女にしか出せない艶だった。ライトが見惚れるのも、無理のない話と言える。
「ライト君!」
 アキの肘鉄が、思い切りライトの脇腹に突き刺さる。
「あ、はい! 失礼しました! いつもウチの先生がお世話になっています! 助手のライトです! よろしくお願いします!」
 まるで鬼軍曹を前にしたかのように、ライトは背筋を伸ばした。
「あらあら。もしかして、緊張してる? 可愛いわね」
「へひゃっ? いや、その、僕は、別に」
 真都理はころころと笑う。ライトの反応を楽しんでいるようだ。
「みっともない奴だな。もっと、しゃきっとしたまえ」
「は、はひっ」
 再度アキの肘鉄を食らい、ライトの声が裏返る。
「で、ライト君。こちらの御仁は、マツリ・アカド女史だ。『ドクターアカド』と言ったら、君の記憶にも引っかかるんじゃないかな?」
「え」
 言われてライトは、まじまじと真都理の顔を凝視する。見惚れているだけなのか記憶を手繰っているのか。
「あ、もしかして」
 ぽんと、ライトは手を叩く。
「あの、生化学博士。確か、血液とフォトンに関する論文を、僕も読んだことがありますよ!」
 女に見惚れる目ではなく、学究の徒としての目が輝いていた。
「ありがとう。ま、大して話題にもならなかった論文だけどね」
 さらりと髪をかき上げる。青みがかった銀色の髪が、室内灯を反射して煌いた。

 赤戸真都理。
 マツリ・アカド、ドクターアカドとも呼ばれる生化学博士である。
 七年前に突如学会に現れ、血液とフォトンの関係に関する論文を発表するようになった。その論文は、センセーションを巻き起こすほどではなかったが、一部では高く評価された。しかし、三年前から論文の発表をしなくなり、彼女の名を記憶している学者も減少傾向にある。生物学の権威として知られるアキに比べれば、既に無名に近い。まして、彼女がアキ同様、研究者であるだけでなく、現役のアークスでもあることを知っている人間となれば、更に少ない。また、アークスとしての彼女を知っていても、博士号を持つ研究者であることを知る人間もまた少ないのだった。

「それで、今日は何の用なの?」
 どこかぎこちないライトを尻目に、真都理はアキに水を向ける。
「献血ルームに献血をしに来てはいけないのかい?」
「貴方が? 冗談でしょう?」
「もちろん、私じゃなく、ライト君がね」
 くるりと、アキと真都理がライトを向く。ライトはまた、自販機を背負った。
「いや、あの、ですね、僕は、ですね」
 ライトは二人の顔を直視できない。目を逸らした先に、スタッフルームの扉があった。
 丁度その時、スタッフルームの扉が開く。
「あー、真都理さん、帰ってたんだ? アキさんも来てたんだね。いらっしゃーい」
 メディカルセンターのナースが着用しているのと同じ制服を着た少女が現れた。白金の長い髪はポニーテールに結われている。真都理同様、白い肌だが、こちらはもっと健康的で美しい。大きく円らな目に収まるのは、深い海を思わせるターコイズブルーの瞳。整った美貌ながら、どこかあどけなさを残している顔は、十代後半の少女のものだろう。
 輝くような笑顔で手を振る少女に、アキの顔も自然と綻ぶ。アキが思わず手を振り返してしまうのも、この少女の屈託のなさゆえだ。
「霊華君。今日はウチの助手のライト君が、献血初体験なんだ。よろしく頼むよ」
「そうなんですか? それじゃ、三割増しで優しくしちゃうよー?」
 真っ直ぐな瞳がライトを捉える。
「えっと、その、僕は……」
「大丈夫! 怖くないよ?」
「は、はい……お願いします」
 凶悪なまでに眩しい笑顔に、ライトも当てられたようだった。
「それじゃあ、あっちで比重測定やるね。それから、身長と体重、年齢と血液型も向こうで書いてもらうから」
 ライトの顔が青くなる。
「え、比重測定って、やっぱりやらなきゃならないんですか?」
「うん」
「それじゃあ、二回も針刺すじゃないですか! や、やっぱり僕、帰ります」
 踵を返そうとしたライトの手を、霊華が掴んで止める。
「まーまー、そう言わずに。せっかく来たんだし」
 反射的にライトは振り払おうとしたが、霊華に掴まれた腕はぴくりとも動かない。この細腕の、どこにそんな力があると言うのか。ぎょっとしたライトが霊華を見るが、彼女の表情に変化はない。続けて、助けを求めてアキを見やるが。
「そうそう。彼女、メインクラスは高レベルのハンターだから。ついでに言うと、こう見えて実はキャストだよ」
 帰ってきた言葉は、ライトにとって死刑宣告に等しかった。



 スターシアタービルは五階建てである。
 一階と三階、四階には映画館、二階に献血ルームがあり、五階はテナント募集中になっていた。映画館が入るだけあって、フロア一つの広さはかなりある。二階の献血ルームはフロアの全てを使っているわけではなく、空き部屋と空きスペースが残されている。そこは、献血ルームに勤める三人の居住スペースにもなっていた。
「熱力学第二法則というやつだな」
 真都理の部屋に通されるなり、アキはぼそっと呟いた。
「掃除しろって? 余計なお世話よ」
 何が散らかっているかと言えば、主に書籍だった。本棚があるにはあるが、そこに入りきらない本が散乱している。
「しかし、これだけの蔵書を目にすると、私としてはむしろ落ち着くがね」
 案内されるまでもなく、アキはダイニングの椅子に腰掛ける。安普請の木製椅子が、ぎしりと軋んだ。
「褒められてるのかしら」
「疑り深いな」
 真都理はキッチンでお茶を入れている。キッチンもまた、お世辞にも綺麗とは言えない。
「貴女と付き合ってれば、誰でもそうなると思うわよ?」
「手厳しいね」
 眉間に中指を持って行き、赤縁眼鏡の眼鏡のフレームをくいと上げる。アキの口元に微かに浮かぶ笑みは苦笑か。
 病的に白い手が、テーブルにティーカップを置いた。カップには可愛らしい桃色の花があしらわれている。いささか少女趣味に過ぎるきらいがあるが、平然とセーラー服を着る女のやることである。
「なかなか良い香りのハーブティじゃないか。ジャスミンかな」
 カップを口元に引き寄せるアキを眺めながら、真都理は対面の椅子に腰を掛けた。
「ご名答。あ、ケーキもあるけど食べる?」
 アキの返答も待たずに、真都理は首もとの青いネックレスをひょいとつまむ。口付けを思わせる動作でそれを紅の口唇に近づける。
「通信、パンダ」
 ATネックレスへの音声入力が認識され、パンダのAT端末へと通信を繋ぐ。
「またAT端末を換えたのかい?」
 肩をすくめてアキが呟く。
 真都理は嬉しそうに青いペンダントをアキに向けて答えるのみだ。
「まあ……確かに、ATの差し替え自体はそんなに面倒じゃないけどね」
 もう一度ハーブティを軽く啜り、アキはカップをソーサーに戻す。かちゃりという乾いた音は、パンダに何事か指示を出す真都理の声にかき消された。

 AT──アークスチップの略称である。
 インターネットを通じた、各種データベースへのアクセス。ディスプレイモニタとコントロールパネルの立体映像投影。各種PAやテクニックのプログラムと補助制動。アークス同士の通信や、管制塔、キャンプシップとの交信。武器パレットやサブパレットの登録と制御もこなし、身分証としても使うことのできる高性能コンピュータチップである。
 一言で言うと、アークスとしての戦闘や活動を全般的にサポートする、アークス必携の品だ。これを組み込んだ端末を総称して、AT端末と呼ぶ。AT端末として使用するデバイスに関しては厳格な規定は存在せず、ATを挿入できるものであればどんなデバイスでもかまわないことになっている。が、常時身に付けることのできるもの、戦闘の際に邪魔にならないものであることが推奨されている。どんなデバイスを使うかは個人の趣味に任される。オーソドックスにインカムを使用する者もいれば、アイディスプレイを使う者もいる。近年は小型軽量化が進み、腕時計やネックレス、ピアスにまでAT対応が進んでいた。

「こないだね、」
 目を一杯に細め、真都理はニコニコしながら通信を切った。
「パンダのヤツがいい店を見つけたのよ」
 アキの来訪にかこつけて、自分がケーキを食べたかっただけと、顔に書いてあるようだ。
「プランタンっていう店でね、ここから3ブロック離れてるんだけどね」
 やや呆れたようなアキの視線が少し下がると、テーブルの上の水のグラスで止まった。その脇には、赤い錠剤が何粒か皿に乗って置いてある。
「もー、びっくりしちゃったわよ。私の故郷にも、ひいきにしてたケーキ屋があって、そこと同じ名前のケーキ屋でね」
 アキの視線は、赤い錠剤から離れない。
 あまり興味なさそうに、真都理に答える。
「チェーン店なんじゃないのか?」
「やだ、そんなわけないじゃない。私の故郷、何万光年離れてると思ってるのよ」
「ああ、君はオラクルの出身じゃなかったね、そう言えば」
 真都理が赤い錠剤を摘み上げると、アキの視線も血のように紅い口唇に注がれた。
「何の病気か知らないが、まだ治らないみたいだね」
 アキの眉間に、微かに皺が寄る。
 皿の錠剤を全て口に含み、真都理は水を流し込んだ。
「まあ、ね。そんなに簡単に治るモンなら、私も故郷を離れたりしてないわよ」
「前から言っているが、私は君の病気とやらにちょっと興味があるんだがね」
 アキが身を乗り出したところで、紫色のキャストが部屋に入ってくる。その手には、二枚の皿を乗せたトレイがある。
「お待たせいたしました。プランタンのショートケーキにございます」
「ありがとう。いただくよ」
 アキは笑顔で答えるが、真都理は素っ気なく手を振って謝意を示したに過ぎない。
 パンダは恭しく一礼すると、すぐに出て行った。
「アキ」
「なんだい?」
 好奇心に輝くアキの目と、燠火のような真都理の紅の瞳が交錯する。
「そんな話をするために、わざわざ来てくれたわけじゃないでしょ?」
 背もたれに背を預け、アキは小さく息を吐いた。
「ま、いいだろう。君の病気のことはひとまず忘れて、本題に入ろうじゃないか」
 アキはケーキのイチゴに、フォークを突き刺した。

「実はね、もう一度龍族の研究を始めようと思っているんだ」
 瞬間、ケーキで緩んだ真都理の顔が険しくなった。
「貴女、まさか」
「そう怖い顔をしないでくれたまえ。別に、虚空機関に戻ろうって言うんじゃないんだよ」
 大きく溜息を吐いて、真都理が浮かしかけた腰を下ろす。
「……そう。それなら、構わないけど」
「それに」
 フォークが器用に動く。生クリームだけを掬い取って、アキの口へと入っていった。
「既に彼らのスパイが私に付いているからね。彼らの監視の下にいることには変わりがない」
「スパイ、ねえ……」
 真都理のケーキは、イチゴが乗っている部分だけを残してなくなっている。終盤に入った棒倒しのようだ。イチゴを掬い上げると、細くなったケーキは儚く倒れた。
「ま、虚空機関のことはともかく、また君の手を借りたいと思ってね」
「虚空機関の監視付きっていうのがイヤね」
「迷惑はかけないよ。彼らは多分、これからの私の研究に価値を見出したりはしないだろう」
 真都理は黙って席を立ち、キッチンへ向かう。
 戻ってきた時には、ティーポットと一緒に自分用のティーカップを持っていた。空になったアキのカップにお代わりを注ぐ。
「ありがとう」
 自分のカップにも注いでから、真都理は小さく溜息を吐いた。
「しょうがないわね。手伝ってあげるわよ」
 苦笑混じりの笑顔だった。それでもどこか優しいその微笑みは、幼子の我がままを聞く母親のようでもあった。
 アキの顔に、複雑な笑みが浮かぶ。アキは既に三十台を半ば過ぎている。対する真都理は、外見を見る限り十歳離れていてもおかしくはない。
「君の病気のことも気になるんだがね、真都理君」
「その話ならしてあげないわよ」
「それだけじゃなくて、君は本当に私より年下なのかい?」
 真顔で見つめるアキを前に、真都理の表情にも真剣さが生まれた。紅く、どこか暗い瞳には、やはり燠火が灯っているようだった。

 謎の多い女であることは間違いなかった。
 十年前、アークスはダークファルスの出現により甚大な被害を被った。その復興作業も充分ではなかった七年前、彼女は突然学会に現れた。論文自体は大きな注目を浴びることはなかったが、その論文の著者の若さに驚く者は多かった。当時、彼女は十六歳を自称していたのだ。それから七年、彼女の自称が正しければ、現在は二十三歳ということになる。アキは当時から真都理を知っているが、外見の若さは今と少しも変わりがない。十六歳はさすがにサバを読みすぎだろうと誰もが思ったものだが、しかし現在の彼女がアキと同年代に見えるかと言うと、それは否だった。
 赤戸真都理に関してアキが知っていることは、七年付き合っていても決して多くはない。
 オラクル出身ではなく、別の星系から来たらしい。
 ニューマンということになっているが、そのような出自を考えるとそれも疑わしい。
 テクニックが使えないアークスシップ内で、テクニックに酷似した謎の「手品」を使う。
 とてもそうは見えないが、重篤な病を患っているらしい。
 外見は二十代だが、専門の血液だけでなく、多彩な分野で深い知識を持っている。
 その若さで、生化学だけでなく、他にもいくつか博士号を持っている。
 その才を買われ、幾度となく虚空機関の誘いを受けたが、全て退けていたらしい。
 そして結局のところ、彼女の実年齢を誰も知らない。

 にっこりと、真都理は笑う。
「十六歳だって、いつも言ってるでしょ」
「……七年前からな」
 アキの口から漏れるのは、いつもの通り、苦笑と溜息だった。



 警報音が鳴り響いたのは、その時だった。



『緊急事態発生! 惑星ナベリウスにて、空間侵食を観測! コードD発令!』
 弾かれたように顔を上げるアキと真都理。
「ナベリウスで、コードDだって?」
 顔を見合わせる二人。驚愕の色が隠せない。
「ちょっと! コードDって! ナベリウスにはいないはずじゃ! 何かの間違い?」
「間違いなのに、こんな居住区でAT越しに呼ばれたりはしないだろう!」
 コードD。即ち、ダーカー(D-Arkers)の発生である。真都理が言うように、過去にダーカーがナベリウスに現れたという記録はない。
「パンダっ!」
 真都理がATペンダントに叫ぶ。
「聞いてるわね? すぐに詳細を調べて頂戴」
 研究者とは言え、二人とも正規のアークスである。ダーカーの凶悪さは、骨身に染みていた。
「こうしちゃいられないな。私は出るよ」
 立ち上がり、思い出したようにカップのハーブティを飲み干す。
「美味しかった。ありがとう」
 部屋を出ようとするアキを、真都理が呼び止めた。
「アキ、ライト君は?」
「彼も一応アークスだ。もちろん、連れて行くさ」
「ダメよ」
 真都理の申し訳なさそうな表情で、アキは少し困惑する。
「何が?」
「献血直後に出撃っていうのは、献血ルーム責任者として認められないわ」
 ほんの少し逡巡した後、アキは安普請のドアを開けた。
「わかった。ライト君は君達に任せるよ。後で迎えに来る。じゃっ!」
 アキの足音が遠ざかり、聞こえなくなった頃にATペンダントから通信が入った。
『真都理さま、ダーカーの発生は、ナベリウス全域に及んでいるようでございます!』
「……なんてこと」
 ペンダントを握る手にも力が篭もる。
「救難信号は?」
『森林エリアが極端に多くございます。おそらく、修了試験中の訓練生かと』
「被害は?」
『やはり訓練生を中心に多数の犠牲者が出ている模様でございます』
「救助の進捗はどうなの?」
『六芒均衡からレギアスさまとマリアさま、カスラさまが遺跡エリアに。クラリスクレイスさまは凍土エリア、ヒューイさまが既に森林エリアに』
「遺跡にばかり……救難信号は森林なのに……どうして?」
『わかりかねます。しかし、それ以外の戦力の大多数は森林へ向かってございます』
 真都理はペンダントを握り締め、俯いた。が、すぐに顔を上げ、カップに残っていたハーブティを飲み干す。
「パンダ、ライト君をお願い。私は、霊華を連れて森林へ向かうわ」
『了解でございます。ご武運を』
 踵を返すと、青みがかった長く艶やかな銀髪が、ふわりと翻った。




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お知らせ & 独り言

貴方はもう、
独りなんかじゃない。
魔法戦士のたまり場
素敵な仲間が、
貴方を待っているよ。

学ラン、詰襟、ヒャッハー!


今のお気に入り。


せっかくのドゥドゥ弱体なので、ダガーとTマシ新調した上にスキル振り直してツインガンダガー完全リニューアルした。リミブレチェインから何をやるか考え中。暫定でシンフォ→ワルツ→ノクターン。どこまでチェインが乗ってるかはわからん。
尚、ダガーはサイカ・ヒョウリを使用。固有のメギバのおかげでガルミラなしでも空中回復できるぜヒャッハー!
あと、ツインガンダガーはやっぱりかっこよくて楽しいです。


どうもアイテムパックが窮屈だなと思って、ちょっと内訳を確認してみた。

武器:13
ユニット:3
リング:2
コス:38(パーツ含む)
武器迷彩:13
ギャザ消耗品:4
雑貨(ムーンその他):9
合計:82/150

所持品の半分以上がオシャレ用品(コス+迷彩)であると判明。最大値の150から比較しても、3分の1がオシャレ用品。だって、女の子だもんっ!(ぶりっ子訓練中)
地味に武器の多さも見逃せないが、これくらいはアークスの嗜みとしては普通だよね。


やっとBrのクラスキューブ終わったー! 次はBoだぜ。武器も新調したし、久しぶりだから少し楽しみなのです。


健康って大事だなって、ホント思う。身体壊したら何にもできないからね。この身体さえ回復してくれれば、ブログの再開だってできるのに。


引退宣言みたいな感じの記事書いてますが、ゲームは細々と続けてます。
しかし、ツイッター封印しただけでもブログ書きたい気分が急上昇するね。いや、元々やる気だけは充分あったのよ。ホント、時間と体力の問題だけ。


ドゥドゥが弱ってたから、新しいブーツとDB買って叩いた。
無心の型がウチの子のプレイスタイルにハマりすぎてて笑うしかない。
リンドクレイの第二潜在とかが無心になったら、ガチで悩むレベル。


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リンクページ新設。
それに伴い、グローバルナビゲーションに「リンク」を追加。

サイトをちょっぴり改装。
こういうタイトル画像、やってみたかったんだよね。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

「コメント」をクリックしてもコメント欄にジャンプしない不具合を修正。

重たい記事が下がったので、記事の表示件数を元に戻しました。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

魔法戦士まとめ(EP2)
脱稿しました。
ページが妙に重いので、記事の表示件数を減らしました。

魔法戦士まとめ(EP2)
の執筆中です。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

IEでレイアウトが大幅に崩れていた不具合を修正。
カテゴリリンク、メニューバーに
「魔法戦士と弟子S」を追加。

「魔法戦士と弟子S」第三回
の製作に入りました。
ということを、更新停滞の言い訳にしてみる。
まあ、誰も待ってないけど。

新コンテンツ
「魔法戦士と弟子S」
始めました。
会話文形式の日記になっています。

新しいコンテンツの準備中につき
更新が停滞しております。
ちなみに、予定している新コンテンツは 役に立つものではありません。

「おすすめ記事」
を設置してみたよ。
下↓にあります。

「法撃付き武器一覧」
を更新しました。

ちょっとずつ進めてちょっとずつ更新する予定だった
「ダルスソレイド強化計画」
が完了してしまったので更新。

「ダルスソレイド強化計画」
を、
進行状況に合わせて更新中。

PSO2小説
「モニカにお仕置き」
を掲載。
私の笑いのセンスは
少しズレている、ということを
久々に思い出した。

.
.

ゆっくりしていってね。

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